ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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安倍晴明とダビデの星
今日も庵では、お手前もせんと、ただぼぉっとしてて、身の入らへんお稽古がつづいてます。せやけど、なんとのう茶箱のお稽古は苦手やし、これはこれで、のんびりしてて、ええ時間です。水屋の棚を見渡しますと、あたらしい桔梗のお茶碗が置いたぁりました。桔梗は大好きなお花のひとつです。しばらく手にとって眺めさせてもらいました。

桔梗で有名なとこゆうたら、庵のちかくですと「晴明神社」です。安倍晴明の大騒ぎも、ぼちぼち落ち着いたとおもいますけど、「晴明神社」を訪れはるおひとは、まだまだ、たんといたはるみたいです。もともと、生まれたお子に名前をつけてもらう神社さんやて、聞いてますけど、ちょっと前までは、前を通ってもわかれへんような地味な神社さんでした。それが今や社殿もえらいりっぱになって、けっこうなことです。こちらのご神紋は「五芒星」で、桔梗の花に似てることから「晴明桔梗紋」とゆうらしいです。

このご神紋、素人考えですけど、晴明はんのご養父が賀茂姓やったことに由来してるんかも知れまへんなぁ。「賀茂氏」や「秦氏」は平安京の出来るずっと以前から、この地の河を治めてたひとびとで、朝廷ともたいそう深うかかわってたみたいです。

このひとびとは、ちょっと謎めいていて、その起源がいろいろ取りざたされてます。詳しいこと云いだしたら長なるんで、やめときますけど、「秦氏」ゆかりの祇園さんにも「六芒星」のご紋がいまに伝わってます。遠くユダヤの「ダビデの星」と同じこのご紋は、ユダヤ教では、悪魔や精霊を従わせる力があるとされてるそうです。安倍晴明と祇園さんのかかわりも、実は浅からぬものがあったらしく、むかしの祇園舎の神官の名ぁは皆、「晴」の字がついてたそうです。

そうそう、夢を壊すようでなんなんですけど、最近の調査によると、安倍晴明の邸跡は「晴明神社」ではのうて、今の「京都ブライトンホテル」の駐車場のあたりにあったそうです。意外と「式神」は「一条戻り橋」の下やのうて、ここの宿泊客の車の下に眠ってるんかもしれまへんなぁ。
2006.08.27 Sunday
| 神仏のこと | comments(7) | trackbacks(0) |
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
>安倍晴明と祇園さんのかかわりも、実は浅からぬものがあったらしく、むかしの祇園舎の神官の名ぁは皆、「晴」の字がついてたそうです。

そうなんですか〜?知りませんでした!晴明様と祇園さんか〜どんな繋がりだったんでしょうね〜。

秦氏と言えば、雅楽師の東儀秀樹さんのご先祖さんですよね〜。

「京都ブライトンホテル」の駐車場のあたりに晴明邸があったのは、知ってます。晴明好きの子達は京都ブライトンホテルに泊まるそうです!私も、いつか、その地に行ってみたいな〜って思っています!
でも、駐車場になってしまっているっていうのが、面影もなくて、なんか、寂しいですね。

それにしても、不思議ですよね〜。全く違う場所で、偶然に出来た「晴明桔梗紋」と「ダビデの星」が同じなんて、よほど力がある形なんでしょうね〜。
| ルナ |
安倍晴明と祇園さんの関係は目からウロコでした。
随分前ですが晴明神社に行った時はそれほど賑わっていませんでしたが漫画や映画の影響で今はすごいみたいですね。
近いうちに私も安倍晴明について書きたいと思っていました。
五芒星という紋はやはり何か謎めいた感じがしますよね。
| m-tamago |
>ルナ様
ようこそ、おこしやす。

んーどうですやろ。偶然ではないかもしれまへんなぁ。「晴明桔梗紋」は五芒星、ダビデの星は六芒星ゆうちがいはありますけど、秦氏は渡来人で、一説によるとユダヤがその起源やとか。鳥居の形がユダヤ教のに似てるやら、いろんな説があります。秋の夜長、古代に想像の翼を広げるのも、ええもんです。
| 修学院小習 |
>m-tamago様
ようこそ、おこしやす。

祇園社の教典「ホキ内伝」が安倍晴明の撰述やと伝えられてるそうです。平安京のできる前に、賀茂氏や秦氏が伝えた信仰は、この古都の源流みたいなもんかもしれまへん。代々の神官たちには、その血が流れてるんやとおもいます。
| 修学院小習 |
ユダヤには結構興味があって、いろいろ調べたことがあるんです。ユダヤの六芒星は、正三角形が2個組み合わせてできています。上向きの正三角形は人類が神に対して祈りをささげるしるしで、下向きの正三角形は祈りに対して神は答えるという神と人類の契約を示すマークなんだそうです。
それと相似や類似のマークが日本にあることは大変興味深いことです。
先日、7月31日八坂の疫神社で茅の輪くぐりがありましたが、茅の輪から茅を抜いて小さな茅の輪を作っている人たちを見ていた外国人夫婦から、何をしているのか?と質問されました。英語での説明に困ったあげく、「聖書に出てくるモーセがエジプトを脱出するとき、ユダヤの神を信じる者は家の門に羊の血で(鳥居のような)印をつけるよう神に言われ、そのとおりにしたらその夜、疫病が街を襲い、門に印のなかった家の子供すべてが死んだという話と同じですよ。茅の輪は疫病を避けるため、各家の玄関においておく厄除けの印なんです」と話したら即納得してもらえたのには驚きでした。
神社とユダヤの神殿は構造が同じだし、間違いなく何らかの影響を感じます。
| Saki |
>Saki様
ようこそ、おこしやす。

神と人類の契約を示すマークなのですか。
初めて知りました、ありがとうございます。六芒星は伊勢神宮にも使われてるそうですし、古代の日本の信仰にユダヤ教が関わってるとは、なんともミステリアスなお話ですねえ

出エジプト記と夏越の祓、そういえば似たとこがあるかも知れまへん。いやあ、面白いですねぇ。わたしも一度じっくりお勉強してみたいお題です。
| 修学院小習 |
私は‘秦氏の集い‘というブログをやっている秦一族の末裔、秦 嘉伸と言います。秦氏の歴史は九州から始まっており、その始まりは弥生時代です。天皇制度はまだなく、大和政権も無い時代。弓月君の時代は後の事で、瀬戸内の沿岸沿いの豊国に秦王国を拠点としていました。この時代は日本はまだ統一されておらず、倭の国と呼ばれた中国大陸の領土の一つでありました。秦氏が最初に拠点としたのは鷹栖山と呼ばれた香春岳が最初であり、そこから彦山や宇佐などに広がって行きます。これは鉱山での採掘による精銅、製鉄の関係です。これをカバラと言います。そして日向から来た神武天皇と近畿に向かいます。
| 秦 嘉伸 |
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