ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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「あり」て「なし」
なんやお盆やゆうのに出張やら、なんやらで、せわしのうしてまして、「迎え火」も一日遅れになってしまいました。日記の方もさぼってましてすんまへん。「迎え火」、「送り火」ゆうんわ、お精霊さんを送り迎えする行事です。京都は旧盆ですし、十三日にお迎えして、十六日に「五山の送り火」でお送りします。お精霊さんは、あの世に行かはった身内やご先祖さんのことで、わたしらは「おしょらいさん」てゆうてます。詳しいことは、どうぞ、毎日放送さんのサイトでご覧下さい。

先日からご紹介させてもうてます、「六道さん」ですけど、松原通が轆轤町にかかるところを「六道の辻」てゆうてます。個人商店のならぶ、じみな通りですけど、この辻はこの世とあの世の境やとゆわれてます。この辻の飴屋に、夜中、青白い顔したおなごはんが飴を乞いに毎夜訪れてきて、店主が不審に思って後をつけると、ちかくの「鳥辺山」のお墓にかき消えて、掘り返してみると、おんなの骸に抱かれた赤子がいたと..。米朝はんの落語「幽霊飴」の舞台ですなぁ。


世の中は 

夢かうつつか うつつとも 

夢ともしらず ありてなければ

(古今集 よみ人しらず)


世の中は夢なんやろか、現なんやろか。現とも夢ともわかれへん、わたしは在って無きものですから。

むつかしお歌です。とくに「ありてなければ」ゆう言葉は、むかしのおひとの仏教感があらわれてて、どう訳せばよいやら、わかれへんのですけど..、この世もあの世も続いていて、いま生きてるこのときも、うつろいゆくほんの一瞬の出来事みたいなかんじですやろか。「あり」て「なし」、綿々と長い歴史をもつ、この都の底にながれてる気配かもしれまへん。
2006.08.14 Monday
| 神仏のこと | comments(3) | trackbacks(1) |
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
「ありてなければ」・・・深いですね〜。
この世に身をおいている、私も、本当にこの世に存在しているのでしょうか・・・
あの世から来て、またあの世へ帰る・・・
あの世とは、故郷みたいなものなのでしょうね〜

私は無宗教ですけど、こう思うということは、体のどこかに仏教が染みついているからなのでしょうか・・・
| ルナ |
修学院小習さん。

>この辻の飴屋

友達が12日に行きましたが「売りきれで郵送してもらってきた」と言ってました。
幽霊飴は有名なんですね。
| ケン(茨木) |
>ルナ様
ようこそ、おこしやす。

わたしもとくに仏教に詳しい訳や無いんですけど、季節ごとの行事や弔辞など、なにかと日本人にはなじみ深いもんなんでしょうねぇ。せやけど、この時期のお墓参りはひとがたんといたはってかないまへんわ。

>ケン(茨木)様
ようこそ、おこしやす。

へえ!売り切れですかあ。
幽霊飴の噺は有名ですやろけど、売ってるお店はちいさいとこですし、そんな人気があるんですか??わたしは好きになれへんお味ですけど、素朴な味わいでファンはけっこういてますわ。
| 修学院小習 |
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『松原通』について
松原通松原通(まつばらどおり)は京都市の東西の通りの一つ。東は清水寺 (京都市)|清水寺門前から、西は佐井西通西入(ダイヤモンドシティ・ハナ)まで。東の端、清水寺門前から東大路通までは清水道ともよばれる。寺町通から西は平安京の五条大路にあたる。松並木の綺
| 京都の宴 | 2007/03/22 9:52 AM |