ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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春が立ちます
昨日は旧正月のお話をしましたけど、今日は立春のお歌を..。

袖ひちて 

むすびし水の こほれるを 

春立つ今日の 風やとくらむ

(紀貫之)

「冬に凍った水を袖をぬらして掬うてたんが、立春の今日からは、春風が氷りをとかしてくれますやろ。」

なんとも、爽やかで明るいお歌ですねえ。朝いちばんに水を汲みに行った景色ですやろか。秋が夜長が似合うのに比して、春は朝に迎えるもんなんかもしれまへん。

水瓶にはった氷も、冬の暗い冷たさはのうて、きらきらと溶けゆく姿を見せてくれます。そうゆうたら今年は年内立春でしたなぁ。旧正月の元旦が立春の後にきます。

なんにしても春の立つまで、あと一週間。
こころ踊ります。

あっ、せやけど早起きせなあきまへんねぇ..。
2007.01.27 Saturday
| 京の歳時記 | comments(4) | - |
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
暖冬でまだ氷のはったのを見ていませんでしたねー
袖ひちぬ はじめて知った言葉です 
我が家の春立ちぬは、チューリップの芽が出たことです
あまり文学的ではないですが (笑)
| まりー |
>まりー様
ようこそ、おこしやす。

チューリップは小さい頃、校庭の花壇に球根を植えた覚えがあります。あれは芽ぇ出したんやったけなぁ?「ひちぬ」って言葉はわたしも最初は?でしたけど、なんや妙に品よう濡れてる感じがする言葉ですねぇ。
| 修学院小習 |
こんばんゎ。
今年は暖冬やから、2月4日の立春は春の気配を感じる日になりそうです。
僕も陰暦の方が自然のリズムに合っているように思います。
陽暦は日数を合わせるために、頭で作った暦という感じがしますね。
「一年を三百六十六日、閏月を置いて正す」と定めたのが紀元前二千年以前の夏王朝ということらしいのですが、この夏暦が日本の陰暦の元になったそうです。
―天の暦数、爾の躬に在り。
暦を作る者こそが天下の主権者であると論語にあるそうですが、閏月の置き方を巡って主権者が自己主張しとったのは、興味深いなと思いました。
小説を読んで知ったのですが、信長の時代には暦は二つあって、一つは朝廷の出す京暦、もう一つは三島大社の出す三島暦で、関東は三島暦やったそうです。
京暦が天正十一年の正月に閏月を置いたのに対し、三島暦は同十年の十二月に置いたのが問題になり、信長が、「十二月に閏月を置くように」と朝廷に申入れ、朝廷の主権者としての地位を否定したそうです。
結局、その様な信長の行動が災いしたのか、天正十年の六月に本能寺の変が起こります。信長はどういう暦を主権者として作ろうとしたんでしょうね。
| しろ |
>しろ様
ようこそ、おこしやす。

いやぁ、勉強になります!三島暦たら暦が関東では使われてたんですかぁ。出雲と京の関係まで遡って、興味は尽きひんですねぇ。暦は四季と式で成り立ってた朝廷の基本ですさかい、信長はんの仰せは受け入れがたいもんやったでしょう。
| 修学院小習 |
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