ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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蔦のもみぢ葉
銀杏の黄葉も、楓の紅も、そらきれいですけど、身近なもみぢには蔦もありますねぇ。そこ此処の家々の塀につとうてる蔦は、ほんまに深い紅に染まってます。手を伸ばせば触れるもみぢ葉は、その色が鮮やかすぎて、触れることがためらわれるほどですわ。

蔦とゆうたら、式子内親王はんのお墓が庵のちかくにあります。謡曲「定家」では、降りつづく時雨を背景に、定家の親王はんを想う気持ちが蔦となって、親王はんのお墓をおおてしまいます。

この蔦にしばられて成仏できひんかった親王はん、お坊さんに念仏を唱えてもうて、一度は自由の身にならはりますけど、再びご自分から墓へもどって、定家の妄執の世界へと帰って行かはります。

なんとも悲しい恋のお話ですなぁ。きっと昔の恋人の定家を見捨てて成仏するのは忍びなかったですやろねぇ。その親王はんのお歌です。


秋こそあれ

人はたづねぬ 松の戸を

幾重もとぢよ 蔦のもみぢ葉

(式子内親王)


「わたしに飽きて、恋人も訪ねてけぇへん家やのに、待つばかりの戸やったら、いっそ蔦のもみぢで幾重にも閉じてしまえ」

なかなか、親王はん、定家以上に激しいこころをお持ちのひとやったみたいです。「蔦のもみぢ葉」、その紅はおひとのこころに秘めた、激しい情念をあらわす色のようです。

2006.11.15 Wednesday
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
街中で蔦を見る機会がほとんどなくなりましたね。でも、この時期、山中に行けば黄色に色づいた木々の高いところに真っ赤な蔦がからまっています。確かにあの血のような赤さはドキッとする激しさです
| Saki |
昔は中京でも洋館の医院の壁に、たんとありましたけど、今はどうなっているんでしょう。修学院ちかくの生垣には、ちらほらと混ざってて、そこだけ紅を差したような鮮やかさですわ。京おんなに似おた色かもしれまへんなぁ。
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