ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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京都の粋
「京都の粋」ゆうことばをよう耳にします。「いき」やのうて「すい」ですなぁ。わかったような、わからんような言葉ですけど、「いき」は「意気」で江戸前の端正な心もちをあらわした言葉やとしたら、「すい」は、もうちょっと、しなっとした、つかみどこのないような佇まいをおもてしまいます。

今々、「京都の粋」たら、観光案内やら、お食事処やら、いろんなとこに使われてますけど、こないだ、こんな文章を見つけました。

「京坂は男女ともに艶麗優美を専らとし、かねて粋を欲す。江戸は意気を専らとして美を次として、風姿自づから異あり。 これを花に比するに艶麗は牡丹なり。優美は桜花なり。粋と意気は梅なり。しかも京坂の粋は紅梅にして、 江戸の意気は白梅に比して可ならん。」 (「近世風俗史」守貞謾稿 岩波文庫)

守貞謾稿はんはもともと大阪のおひとやし、「京坂」ゆうて一緒くたにされとないゆうんわ、長い話になりますので、おいといて..。(大阪の方、堪忍!)

いづれ「すい」にしても「いき」にしても、物事に通じてて、こころくばりの巧みな様をゆうんでしょうけど、江戸期の京都のおひとは、それを専らとはせんと、艶や美にそえる美徳と考えたはったみたいですねぇ。

紅白の梅にたとえたお話は尾形光琳の「紅白梅図屏風」を思い起こさせられて、さっきちょっと眺めてたんですけど、そうゆう目ぇであらためて見ますと、またちがう趣がありますわ。みなさんはどんな印象をもたはりますやろ。

そういえば、お着物の小紋などは江戸小紋の渋さにくらべて、京小紋は色も多うて、「艶麗は牡丹、優美は桜花」ゆう景色ですわなぁ。

「京都の粋」、「いやぁ、すいなおひとやわぁ」など花街でゆわれる由もなく、わたしなどには手ぇにあまる言葉です。
2006.10.13 Friday
| 京都らしさ | comments(4) | - |
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
おひさしぶりです。

いえいえ、修学院さんは、粋を絵に描いたようなお人と想像してます。

最近はほんわかした時間がなくなり、久々に光琳の屏風の華やぎを思い浮かべて、ああ、京都、たのしみたいなああ。
と、ちょっとここでバーチャル京都しました。

| みんみん |
>みんみん様
ようこそ、おこしやす。

ご無沙汰してます。いやぁ、お忙しいようで、なによりです。せやけど、はよう落ち着かれたら、いいですねぇ。間をぬって、リアル京都も堪能してください。
| 修学院小習 |
京都の”すい”と江戸の”いき”
同じ漢字ながら全く違う意味、なるほどなるほど、考えたことありませんでしたが、納得してしまいました。
先日業躰先生が、形を関東ではカタチと読む、関西ではナリと読むという話をしていたのを思い出しました。やはり京都の方が音もその意味もやんわりした雰囲気が致しますね。

| m-tamago |
>m-tamago様
ようこそ、おこしやす。

はぁ、そうなんですかぁ!ほな、関東では「お棗のおかたちは?」ってゆわはるのですやろか?ところ変われば、ことばも多様ですねぇ。
京都では「すい」で「いき」とはちがいますたら、ことさらにゆわはるおひともいたはりますけど、それこそ無粋やとおもいます。(笑)
日本中それぞれのお国に、それぞれの文化がある様は、ほんまにこころ豊かにしてくれますねぇ。
| 修学院小習 |
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