ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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夢の浮橋
最近知ったんですけど、「夢の浮橋」ゆうんは、ほんまにあったそうですなぁ。「源氏物語」の世界のお噺やてずっと思てましたわ。東山泉涌寺に通ずる坂道に石碑があって、道円ゆうお坊さんが詠まはったお歌が刻まれてます。


ことはりや 

夢の浮橋 心して 

還らぬ御幸 志ばし止めむ

(道円)

皇室ゆかりのお寺ですさかい、時の帝が崩御されて、彼の地に渡らはるときに、ふとこころよぎるもんがあって、立ち止まられたゆうことですやろか。それにしても、なんとも雅な名ぁの橋ですなぁ。「夢の浮橋」といえば定家の有名なお歌もありますけど、あちらは春の夜のことですので、今日はおいときます。

見しことも

見ぬ行く末も かりそめの

枕に浮ぶ まぼろしの中

(式子内親王)

「浮ぶ」が今日のお題に掛かってるとはゆうても、お彼岸にこのお歌は無粋かも知れまへん。親王はん悪う思わんといてください。せやけど、「夢の浮橋」を此岸から彼岸へ渡るとき、ひとは何を想うんですやろかねぇ。今生きてるこのときも、彼岸のまだ見ぬ行く末も、ほんのうたた寝のあいだに見る夢のような、かりそめのもんなような気ぃもします。

秋空に爽やかな風の吹くお彼岸の入りに、そんなことを夢想して、父の眠るお墓をあとにしました。長い長いお噺の「源氏物語」は第五十四帖の「夢浮橋」で終わります。
2006.09.22 Friday
| もののあわれ | comments(2) | - |
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2008.06.30 Monday
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この記事に関するコメント
「夢の浮橋」ですか・・・できるものなら写真に撮ってみたいものです。さぞかし幻想的な風景でしょう。
漢詩で「夢で蝶になる」というのがあります。うとうと昼寝していると、自分が蝶になって野原を飛んでいる。そのうち、自分は蝶であるのが本当で、人間であるのが夢ではないかと思うようになるという内容ですけど、夢というのは不思議なものです。
| Saki |
>Saki様
ようこそ、おこしやす。

たまに、起きた夢をみます。それは夢ですから、また起きるのですけど、それもまた夢なんです。こうなると、起きててもその自信がのうて、夢かうつつかと、えらいしんどいことになります。
ほんまに夢ゆうんは、不思議ですねぇ。

彼岸にもプリンターたらがあるのなら、是非カメラを持って行きたいですわ(笑)
| 修学院小習 |
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