ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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中京の鎮守の森
中京は町中ですさかい、お子の遊び場がすけないようにおもわれますなぁ。たしかに、ちいさな児童公園が学校の裏手にあるだけで、のびのびと走り回れる広場なんぞあらしません。せやけど、それで不自由やったかゆうたら、そうでもなかったような気がします。住めば都やあらしまへんけど、それはそれで、お子たちは遊び場を見つけていくもんです。

そんな場所のひとつに、お寺がありました。六角堂や本能寺、一歩境内に入りますと、まわりの賑やかな空気とは打って変わって、静かで、そこだけは切り取られた、もうひとつの世界があったようにおもいます。そうはゆうても、大人が感じるような歴史や仏法の気配やのうて、もっと気安うて、ほっこりするような..、えらい、乱暴な物言いですけど、中京の「鎮守の森」みたいなもんですやろか。

当時は六角堂は六角堂の、本能寺は本能寺の、遊びにもローカルルールがあって、それはいかにも、その場に似おた決まり事やったようにおもいます。たとえば、中京のませたお子らが、男女関係のもつれを糺しに呼び出される場は本能寺であったとか..、いや、もう遠い昔のことですさかい、記憶もあいまいです。

忘れては

うち嘆かるる 夕べかな

我のみ知りて 過ぐる月日を

(式子内親王)

せまい、中京のこと、いつもの親王はんのお歌でごまかさせていただきました。

歳がいくと、彼の地に足が遠のきます。久しぶりに訪れると、そこはもう、無邪気な神域ではのうなってて、歴史に裏打ちされた、由緒ある土地に変わってしもてます。「へそ石」は、もう京都検定に出てくる「有名な石」に変わってしまってます。
2006.09.19 Tuesday
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2008.06.30 Monday
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