ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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露の遊園地
ずいぶん、サボってました。すんまへん。
今月はいろいろあって、なにから書いてええもんやら。

とりあえず..、今日は広沢の池までお庭の材料を見に行ってきました。ここらへんは造園屋さんや材料屋さんがたんとあって、広々した敷地に庭石や、いろんな種類の樹木が見てまわれます。

朝からあいにくのお天気やったんですけど、梅雨に光る松葉や蓮の葉ぁにきらきら転がる滴、濡れてしっとり色味を増した野村楓などなど、露の遊園地のような楽しさでした。

鎌倉時代の灯籠など、寂びても力のある、なんともいえへん佇まいでした。それに負けじと今の作家さんの繊細な技量もため息がでるほどです。まぁ、お値段もため息もんですけど..。

ここでは石は寂びて落ちつくまで、十年でも寝かせられます。山から持ってきた草木も、根ぇがしっかりするまで、何年も売られることはあらしまへん。

社長みずから剪定ばさみ片手に、毎日のお手入れもしっかりされて、敷地ぜんたいが植物園のような美しさをもってます。

ひとつの石に入れ込んで、その石に合うようにとお庭をつくらはるおひともいたはるそうです。この町のお庭の美しさは、この方々のお仕事抜きでは語れしません。
2007.05.25 Friday
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学生の町
京都は学生さんの町でもありますさかい、大学がたんとあります。百万遍あたりでも、この時期、新入生の初々しいお顔が交差点のむこうからぎょうさん渡ってきて、賑やかなことです。


親御さんの元をはなれて、夢と希望と、ちょっとの不安を胸に、あたらしい生活をはじめたはんのでしょうけど、キャンパスを埋め尽くす新入生も五月の連休を越すと、がたっといんようになってしまいます。

おおかたアルバイトでお忙しいことなんやとおもいます。この町には学生さんがいはらへんかったら商売にならへんお店もようけあらはることでしょう。

京都は古いだけやのうて、新しいもんを取り入れる姿勢も云々..、てよう聞きますけど、そんないごきも学生さんを通じて起こってきたのとちゃいますやろか。

といとこからこられた学生さんは京都のおひとやないですけど、さりとてよそさんでもあらへん、この町をつくってる大事な大事な担い手です。




2007.04.27 Friday
| 京都らしさ | comments(2) | - |
京ことばの綺麗なご本
川端康成さんの「古都」ゆうご本を読みました。ちょうどわたしが生まれた頃のお話です。川端さんはよほど京都がお好きやったのでしょうねぇ。洛中の四季の行事や景色がまるで観光案内みたいに書かれてましたわ。

特にこみいったお話ではあらしまへんけど、登場人物の話す言葉はほんまに美しいひびきの京ことばでした。読みながら、ついこないだまで、こんな情のある優雅なことばが、この町にあふれてたんやなぁてしみじみ思わされました。

TVの影響もあるのでしょうけど、最近町で耳にする言葉は、どこの言葉かわからへんような響きが多ぅて、ほんまに寂しいことです。

せやけど、世につれ、言葉は変わってゆくもんですさかい、昔どおりに何でもせなあかんゆうもんでも無いでしょうけど、変わりつつも、そのもとの美しい調べだけは、のうなってしまわへんように祈ってます。
2007.04.23 Monday
| 京都らしさ | comments(6) | - |
お正客の憂鬱
今日は初釜でした。釜をかけるゆうんわ、お茶席を開くゆうことなんです。せやから初釜は庵のお茶席開きゆうことですわなぁ。

久しぶりにおうた社中の方々とご挨拶もそこそこ、実は今日はお正客を任せられまして、なんやかやと慌ただしいことでした。お正客はメインゲストなんですけど、いろいろ気ぃまわすことが多ぅて、わたしら未熟もんには荷ぃの重いお役です。それでも数々の失敗をくり返しながら、せんせや他の方々に助けてもうて、なんとか勤めさせてもらいました。

うちの庵は和気あいあいで愉しいもんですけど、どこぞで聞いた話では、その場でお正客をきめるお茶会では、「わたしなんぞ、まだ七十の未熟もん、そちらのお方は七十二ですやろ!」たらもう醜悪なお正客の擦り付けあいがあるそうで、それはそれで見てみたい光景ではありますねぇ。

京都らしいのは、その後、なんとかお正客を逃れたご婦人、不幸なお正客が緊張で失敗するのを横目で見て、「いや、お正客のくせに、何にもわかったぁらへんわ」て呟くそうです。

いやぁ、書いてて怖なってきました。こんなん書いてたら魔界伝説になってしまいそうです..、堪忍。
2007.01.13 Saturday
| 京都らしさ | comments(6) | - |
白味噌のお雑煮
もう旧聞になってしまいますけど、ようよそのみなさんに京都のお雑煮の事を聞かれますので、ちょっとだけ..。昔はおくどはんで、吉兆縄から火をうつして炊いてたそうですけど、いまはガスか電気ですさかい、まぁせぇしまへん。

お雑煮は白味噌ゆうことになりますけど、錦でもいろいろ売ってて、甘さ加減などお味は様々です。お家ごとのお好みもありますし、けっこう、好き嫌いの分かれる食材やとおもいます。

元旦には、当主の挨拶の後、家族みんなの名前を書いた箸紙から祝箸を取り出してお雑煮をよばれます。おぶったんにお供えする都合で、だしは鰹でとりまへん。そのかわり、食べるまえに鰹節を振りかけてます。お餅は丸餅で..、て考えたらそんな京都独特のもんがある訳ではあらしまへんわなぁ。

根引きの松とか、チョロケンとか、室礼の方が面白いかも知れまへん。室礼はお茶室など年中、とっかえひっかえしてますけど、見た目も楽しいですし、季節ごとの意味もちゃんとあって、ただのお飾りとはちゃうもんのようにおもいます。

ちょっとした割烹でも、お料理と器と室礼が、ひとつの趣向でまとめてあったりします。脱線しましたけど、そんなとここそ、京都らしいゆうたら京都らしい気がします。
2007.01.10 Wednesday
| 京都らしさ | comments(2) | - |
京都の粋
「京都の粋」ゆうことばをよう耳にします。「いき」やのうて「すい」ですなぁ。わかったような、わからんような言葉ですけど、「いき」は「意気」で江戸前の端正な心もちをあらわした言葉やとしたら、「すい」は、もうちょっと、しなっとした、つかみどこのないような佇まいをおもてしまいます。

今々、「京都の粋」たら、観光案内やら、お食事処やら、いろんなとこに使われてますけど、こないだ、こんな文章を見つけました。

「京坂は男女ともに艶麗優美を専らとし、かねて粋を欲す。江戸は意気を専らとして美を次として、風姿自づから異あり。 これを花に比するに艶麗は牡丹なり。優美は桜花なり。粋と意気は梅なり。しかも京坂の粋は紅梅にして、 江戸の意気は白梅に比して可ならん。」 (「近世風俗史」守貞謾稿 岩波文庫)

守貞謾稿はんはもともと大阪のおひとやし、「京坂」ゆうて一緒くたにされとないゆうんわ、長い話になりますので、おいといて..。(大阪の方、堪忍!)

いづれ「すい」にしても「いき」にしても、物事に通じてて、こころくばりの巧みな様をゆうんでしょうけど、江戸期の京都のおひとは、それを専らとはせんと、艶や美にそえる美徳と考えたはったみたいですねぇ。

紅白の梅にたとえたお話は尾形光琳の「紅白梅図屏風」を思い起こさせられて、さっきちょっと眺めてたんですけど、そうゆう目ぇであらためて見ますと、またちがう趣がありますわ。みなさんはどんな印象をもたはりますやろ。

そういえば、お着物の小紋などは江戸小紋の渋さにくらべて、京小紋は色も多うて、「艶麗は牡丹、優美は桜花」ゆう景色ですわなぁ。

「京都の粋」、「いやぁ、すいなおひとやわぁ」など花街でゆわれる由もなく、わたしなどには手ぇにあまる言葉です。
2006.10.13 Friday
| 京都らしさ | comments(4) | - |
以心伝心
紅葉もまだまだですけど、この連休中は他府県ナンバーの車がようけ道にあふれてました。なるべく観光はマイカーやのうてと市は呼び掛けてるようですけど、電車もあまりあらしませんし、バスももひとつ不便で、車に頼らはるのも仕方ありまへんなぁ。

休みの日ぃなどは、わたしらは中の小路を通って、なんとか渋滞を避けてます。よう、地図を見ぃみぃ運転したはるおひとをみかけますけど、京都の地名はよみと字ぃがちごてるとこがたんとあって、やりにくいですやろなぁ。

有名なとこでは烏丸通です。まぁまぁ、タクシーに乗って、「とりまる四条」ゆうても「からすまる三条」たらゆうても、まちがいのう連れて行ってもらえますけど、「からすま」が正しいのです。東山の知恩院は「ちおんいん」やのうて「ちおいん」ですし、中の小路など、富小路や柳馬場はそれぞれ、「とみのこうじ」、「やなぎのばんば」です。考えたら、ややこし通り名ですなぁ。

そういえば、京阪電車など、七条駅を「しちじょう」、四条駅を「しじょう」とアナウンスしはるんで、居眠りしててあわてて降りたら、四条やのうて七条やったことも一度や二度ではあらしません。普段はごっちゃにならんよう、「ひちじょう」とか「ひっちょう」とかゆうてますけど、車掌はんには是非「ななじょう」でお願いしたいもんです。

そうそう、お恥ずかしい話ですけど、東京に行く折り、気があせるのか、京都駅の八条口と、東京駅の八重洲口をなんでか、てれこにして、タクシーの運転手はんにゆうてしまうときがあります。運転手はん、よう心得たはって、たいてい「はい、八条口ですね」って分かってくれはりますわ。もう、こころで赤面しながら、「はい、お願いします」て標準弁で答えてます。

これからの観光シーズン、嵐山など渋滞もたいそうなことになってきますけど、どうぞ、観光にみえられる方は、安全運転で要領ようまわっとくれやす。
2006.10.09 Monday
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ぶぶ漬けは..
こないだ東京のともだちから、例の「ぶぶ漬け」の話はほんまなんか尋ねられました。この話、たしか京都人の「いけず」を、おもしろおかしゅうゆうた、落語の噺やったんやとおもいます。実際には、わたしはそんなんゆわれたことはありまへんなぁ。お客さんにはよ、いんでほしいとき、見えへんところに箒を逆さに立てる習慣はたしかにありますけど、「ぶぶ漬け」はちょっと、あれへんのとちゃいますやろか。

せやけど、この噺のゆわんとするとこは、たしかに京都人は持ってるかも知れまへんなぁ。京都人ゆう十把一絡げな云い方はわたしは好きやないですけど、この街にしかあれへん、気持ちのやりとりの仕方みたいなもんは、よそさんには分かりにくいとこはありますやろなぁ。せんせが、よそさんとのやりとりで、相当な「いけず」をゆうたはっても、相手さんに全然つうじてへん時など、はたで聞いてて可笑しなってきますわ。

この街の歴史に培われて洗練された、それ故、複雑な修辞やしきたりは、正直、面倒におもうこともありますけど、もしかしたら、神社仏閣よりも京都を京都らしゅうしてる、大事なもんかもしれまへん。そのうち京都の「いけず」は国の無形文化財になるかもしれまへんなぁ。なんてわかりやすい嫌みは、この街のおひとは使いまへん。
2006.08.23 Wednesday
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お盆によばれるもん
今日はホテルでお懐石をよばれてきました。ほんまはこの時期、お精進やないとあかんのですけど、お肉もたんとあって、なんとも季節感のないことでした。

京都の古いお家では、行事ごとにいただく食べもんは大抵おきまりがあります。たとえば、お節分のいわしとほなが汁、初午には、おいなりさんと粕汁、毎月のお朔日には、あかごはん、月末の黒豆、などなどなど..。

これがお盆になりますと、おぶったんに朱塗りの供膳をして、三日間は家族もみんなお精進をいただきました。思い出すままに書きますと..、ぜんまいと高野豆腐の炊き合わせ、ささげのごま和え、黄湯葉と胡瓜の酢の物、白玉麩と椎茸の汁、これに蓮の葉にのせたスイカやお萩が添えられます。送り火の朝には、あらめのお粥をかき込んで学校に行きました。

今でこそ、けっこうなごちそうやと思いますけど、小さい頃はお盆の食事は味がのうて、かないませんでしたなぁ。学校の給食のほうがよっぽど美味しかったですわ。せやけどお盆が明けると、同級生のお家がやったはった、寺町の「三島亭」へ精進落としのすきやきを食べにつれてってもらうんが、ほんまに楽しみでした。

いまはもう一緒にお膳を囲むことも叶わへんひとが多なりました。明日は「送り火」、どこでお見送りさせてもらおかな。
2006.08.15 Tuesday
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子子子子子子子子子子子子?
小野篁ゆうおひとは、わたしももひとつピンときぃしまへんのやけど、昼は宮中、夜は閻魔王庁にお仕えしてたてゆわれてます。「六道珍皇寺」の裏にある井戸を通って冥界へ通い、いまはもうあらしません上嵯峨の福生寺の「7つの井戸」から還ってきたはったそうです。

才知あふれるおひとやったみたいで、いろいろな逸話のあらはるおひとです。たとえば嵯峨天皇との丁々発止に、「子子子子子子子子子子子子」はなんと読むかと問われ、正解を即答しやはって帝をお喜あそさばせ、篁はんにかけられてた嫌疑をはらさはったそうです。みなさん、わからはります?

そんな優秀な篁はん、異母妹との恋仲話もありました。そう思て先日のお歌を読みますと、しみじみとしたもんがありますけど、もひとつ井戸の調子がようなかったんかもしれまへんなぁ。

いまいまは、ご先祖さんて意識はのうなってきてますけど、たとえば京都に多い商家ですと、代々当主を中心に、ひとつ屋根に暮らしてきました。おなごはんは嫁いで子をなし、あるいは家に留まって婿をむかえ、子宝に恵まれへなんだお家は養子をいただいたり、世の変節に流されながらも、ひとびとは暖簾をまもって綿々とこの狭い町で生き、そして亡くなってきやはったんです。

小さいお子もやがて大きなって、祝言を挙げ、次代をもうけ、やがて孫やひ孫の顔を見て、お山のむこうに旅だって行かはる。わたしも人生の半場を過ぎて、この流れにおさまっていくんを感じるときもあります。不思議なもんで、そうゆう心持ちになりますと、あの世のことも、おどろおどろしいもんやのうて、妙に心安うおもえてきます。

あの世とこの世を繋がはるお役目の小野篁はん、わたしらにとっては優しい面影が想像されます。「六道まいり」は怖いもんやあらしまへん。

今日はどこぞから「迎えの鐘」が聞こえてきます。

京都のお盆について、毎日放送さんのサイトでも紹介させてもろてます。おてすきの折にどうぞご見聞しとおくれやす。
2006.08.10 Thursday
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