ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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明治のお庭
おとついは南禅寺のちかくにある無鄰菴に行ってきました。明治の中頃、山県有朋が小川治兵衛に作らさはったお庭で、なんでも、山県はんの郷里の里山に似せた景色なんやそうです。

そうゆうたら、池のまわりの芝生は開放的な感じで、伝統的な京都のお庭とは趣がちごてるようです。

東山を借景にしてるんですけど、円通寺などの古いお庭の借景が絵のような景色をしてるのにくらべて、リアルとゆうか、まるで、山とお庭が続いてるような印象を受けます。

新古今など平安のお歌でもそうですけど、現実を写すのやのうて、言葉の世界でのお遊びゆうか、あたまの中にある風景を愛でるような、ちょっと観念的な趣が好まれるようなとこが、この町にはあります。

川端康成はんが「古都」ゆうご本の中で、京都を「箱庭」と書いたはりましたけど、それはその通りなんやとおもいます。

くだくだと書いてしまいました。ようは美しい山河は都を出て、見に行けばよろしいし、なにも田舎の里山を洛中に作らんでもよろしいようにおもいます。

そんな、わたしみたいな頭の固い都人がきらいで、山県はんはこんなお庭をつくらはったんでしょう。京都にとっての近代とはそうゆうことやとおもいます。
2007.04.20 Friday
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魔と暮らしてます
先日ご紹介させてもうたお湯葉屋さんの裏には、小ぶりのお庭があって、池に金魚など飼うてはります。せやけど、さすがに古いお屋敷のこと、やっぱりここにも「魔」が住んだはります。

「魔」ゆうても恐ろしいようなもんやのうて、しっとりとして上品な「気」です。永い時間に育まれた、苔のように、このお庭にあって佇み、何代もの営みを見守ってきはった気配は、善や悪、ご利益云々ゆうもんやのうて、京都ゆう町の本性かもしれまへん。

とつぜんに今までの佇まいが壊されて、景色が変わるんわ、さぞ迷惑な話ですやろねぇ。新しい建てもんやお庭に馴染んでもらえるように、出来るだけのことはせんとあかしまへん。

都会に暮らしたはる方からみたら、あほらしい話しに響くかも知れまへんけど、わたしらは平安のむかしから連なる目に見えへん存在と、いまだ一緒に暮らしてます。
2007.02.22 Thursday
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お庭に帰りました
今日はひさしぶりにおたなのお庭にでてみました。飛び石やつくばいの形、木々の枝ぶり、しおり戸や灯籠、すべてがあるべきところにあって、やはり育ったお庭は落ち着きます。

商家の子供など、商いが忙しゅうて、普段はほっておかれますし、わたしは一人っ子やったこともあって、このお庭が親がわりみたいなとこもあったのかも知れまへん。

いつもお庭は目の前にあって、季節や物に感じるこころを教えてくれました。お庭と会話をしているうちに、どこまでがわたしで、どこまでがお庭かわからへんようになったこともありました。

そんなお庭を巣立って、もうずいぶん長いことなりますけど、たまに戻ると、「おかえりやす」とゆうてくれてる気がします。
2007.01.21 Sunday
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花の咲かへん庭
昨日のお庭はほんまにきれいでした。お日さんの加減によって、いろんな景色に変わるお庭は、なんぼ見てても飽きしまへん。

お庭ゆうたら、色とりどりの花が咲くもんやとおもいますけど、庵のお庭には常緑の木々が多ぅて、色のさすもんは野村楓だけです。世俗を離れて侘びを尊ぶ茶人はんのおこころには、花の咲く木や香りのするもんは、はんなりしすぎてんのでしょうねぇ。

昨日、座を一にさせてもうた作庭家さんがゆわはるには、茶室でお床やお道具が映えるように、茶庭は品よう控えてるんが大事なんやそうです。

静かにこころ澄ますには、今の季節のお庭はぴったりやとおもいます。
2007.01.18 Thursday
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無明の庭
お茶の粉をすくう茶杓とゆうお道具があります。小さいスプーンゆうか、大きい耳かきゆうか..。茶杓はひとつひとつ名前がついてて、今時分でしたら「紅葉狩」や「野菊」など季節にちなんだ名前が多いです。即席でその名を考えるのもお稽古のうちで、これが意外とむつかしいことです。

今日のお稽古でせんせに「無銘」ゆう名前の茶杓があるて教わりました。深い意味までは、お聞きする時間もあらしまへんでしたけど、名の無い名前ゆうのも、けったいなもんですなぁ。だいたい、この手のけったいな理屈は、禅宗からみのことやおもいます。じつはお茶と禅とは、浅からぬご縁があるそうですけど、このお話はまたそのうちに。

今日のお稽古は、とっぷりと日も暮れてましたので、濡れ縁にぽつっと置いたぁる、小さな飾り灯ひとつがその周りを、おぼろに照らしてるだけで、お庭は暗ろうて、木々や石組みは、宵に身をじっとしずめてました。こちらは無明ですわなぁ。

きょうび、あちこちのお寺のお庭がライトアップされてて、それは綺麗なもんですけど、漆喰の闇を見て、そこに潜む「気」を感じて、畏れ敬うのは、自然なお庭とのつきあい方やとおもいます。

今日は、茶杓の名前を聞かれたときに、何を思たか、「蔦楓でございます」とやらかしてしもて、せんせに「そんなん、朝顔チューリップてゆうてるようなもんやで」てえらいつっこまれてしまいましたわ。わたしこそ無明なことです。
2006.11.24 Friday
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露の坪庭
梅雨はじとじとして、うっとおしい季節ですけど、青露に濡れてお庭がいちばんきれいな季節でもありますなぁ。お寺さんや料亭はんのお庭は、たいそう立派なもんですけど、わざわざ気ぃいれて、そんなとこ行かんでも、市中にはたんとええお庭があります。

麩屋町三条上るにある、お蕎麦屋さんの「晦庵河道屋」はんもそのひとつです。「河道屋」はんゆうたら姉小路にある「蕎麦ぼうろ」の「本家河道屋」はんが有名ですけど、そっちやあらしません。典型的な京の町屋で、うなぎの寝床てゆわれる長い敷地の、ちょっとした空間にしつらえたある坪庭は、風も抜けて、ほんまにええ風情ですわ。

暖簾をくぐったら、途中のお席や中庭などに脇目もふらんと、迷うことなく奥へ奥へとすすみます。奥の離れに入って席に着きますと窓から、この季節、そらもう、しっとりとした上品な坪庭を拝見できます。いつ行かしてもろても、手入れの行き届いた、りっぱなお仕事したはりますわ。

お味の方は、まあ、茶蕎麦がよろしいなぁ。「芳香炉」ゆうお鍋が名物ですけど、実はわたし、よばれたことあらしまへんのです。聞いた話では柳馬場押小路の「茨木屋」はんの魚のすり身が入ってて絶品やそうです。余談ですけど、「茨木屋」はんは、子供の時分、よう遊びにいってました。たまぁに店のひとがくれはるチーズかまぼこが、もう爆発的においしかったんをよう覚えてますわ。


2006.06.20 Tuesday
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楓それぞれ
まるで行のような連日のお稽古も今日でひと区切りです。朝からの五月雨でお庭がものすご綺麗でした。お手前の最中もお茶碗が戻ってくるまで、廊下越しについぼおっと、濡れて光った石組みや、みどり鮮やかな植え込みに見とれてしまいました。ちょっと茶庭にしては華が過ぎるんかも知れまへんけど。

お庭には野村楓が二本植えられてるんですが、一本は紅葉してて、一本は青々してて、重なった色の組み合わせはええあんばいなんやけど、なんとも不思議な景色でした。せんせもこんなん初めてやそうです。なんでおんなじ種類の木でちがう表情しはるんやろうねえ?

さすがに三日連続のお稽古で足にきてます。膝はボロボロやし、明日は使いもんにならへんかもしれまへんなあ。
2006.05.07 Sunday
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お庭
お恥ずかしことなんですけど、むかし学校でえらい先生方に「お庭」を教えて頂いてました。これがもう、おちこぼれもええとこで、最後は教授のお情けで卒業させてもろたんです。そんなんで「お庭」についてはえらそうなことは、これっぽっちも云えへんのですけど、諸先輩、ご同輩方々が見たはらへん事を祈って、ちょっとだけ..。

小さい頃、お店の離れに住まわされてましたんやけど、母屋と離れの行き来の廊下に面して「お庭」がありました。苔のむした、飛び石のある茶庭で遠目には灯籠の明かりが綺麗でした。そやけど、夜に自分の部屋にもどるとき、なんとも云えず怖かったんを覚えてます。枝折り戸には蜘蛛の巣が張ったあったし、大瓶の下は湿った、蛇でも出てきそうな(実際、よう出てきたんですが)雰囲気で、まあ嫌いでしたな。

それが、ある時「京の名園」みたいな御本に取り上げてもろうたんですわ。驚きました、こんなんがええもんなんか?って。なんの因果かたまたま前述のお教室に入れて頂いた折も日本庭園には何の興味も持てまへんかったです。今から思うと、「桂離宮」や「修学院離宮」の実習くらいはサボらずに行っておけば良かったなぁておもいます。もったいないことしたわあ。

最近ようやく、嫌いアレルギーが治って、改めて考えますと、この「お庭」に宿る感性みたいなもんが、自分にとっての京都そのものなんやなぁっておもいます。まだよう云わんのですけど、ながい時間が経ったことで宿る、はんなりと湿った「魔」がいてはる気がします。いまは「それ」に静かに守ってもろてる気がします。
2006.05.02 Tuesday
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