ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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比叡山
今日は時折、雨霧がかかってて、戸外のカフェでお茶をよばれてますと、ちょっと肌寒いくらいの一日でした。遠くにかすんで見える、東山の峰々も、もうすっかり寒々しい風情です。

東山三十六峰てゆうてますけど、そのなかでも大文字山と比叡山はとくに知られてますねぇ。わたしなど三十六峰のうち、十個もよういえしまへんけど、このふたつのお山は、いつもどこかその気配をこころのうちに感じてるようにおもいます。

送り火のせいですやろか、大文字はやっぱり青々とした夏の山ゆう印象がつよいです。大文字がこころにある夏の間は、比叡山の姿はあまり意識してへんのですけど、お彼岸の鳥辺山を過ぎて、今時分になってきますと、その姿が妙に気になってきます。

「比叡おろし」ゆうことばもあるくらい、このお山は、身を切るような冬の寒さの象徴なんかもしれまへんなぁ。体に底冷えの記憶がよみがえってくると、どうしても仰ぎ見てしまうお山です。
2006.10.24 Tuesday
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近うて、といとい修学院離宮
今朝は秋風が時折り、つよう吹いて、庵のお庭の草木がばたばたと、せわしのう動いてました。つくばいの水面にもさざなみが立つほどで、時ならぬ秋の嵐のようでした。せやけど、そんな景色もいっときで、すぐ濡縁やお着物に、うらうらと日だまりができて、今日も過ごしやすい、ええ一日でした。


夕されば 

門田の稲葉 おとづれて

芦のまろやに 秋風ぞ吹く

(大納言経信)


「夕方になると、門の前の田んぼの稲がさわさわと音をさして、芦で葺いた小屋に秋風が吹き込んできます。」

「おとづれて」ゆうことばはもともと、音がするて意味やったそうです。ひとが着てくれはるときには物音がしますさかい、やがて「訪れる」になったんでしょうか。

このお歌はむかしのお公家さんが、野辺につくらはった質素な別荘で詠まはったもんやそうですけど、わたしはなんとのう「修学院離宮」を思てしまいます。「修学院」ゆうくらいですから、わたしの家からほど近いとこに在るんですけど、これが意外ととぉて..。

学生のころは、庭園実習の授業で、一週間通うカリキュラムがあったんですけど、もったいないことに当時は物の価値も分からんと、早い話..、サボりました。今となっては、いつ取れるともしれへん予約ももどかしく、せやけど、申し込まんことには行けへんし、秋はどんどん深まって、もみぢ野ともなれば、もう予約はいっぱいやろし..、といとい、「修学院離宮」です。
2006.09.27 Wednesday
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北山の人工美
先日書かしてもうた、周山街道を通って、大森とゆう山里まで行ってきました。道中は、清滝川が右に左に、ずっと川音を響かしてます。行き交う車もすくのうて、夕暮れ前の快適なドライブとなりました。

フロントウインドウ越しに、細うて、まっすぐに空に伸びた、北山杉の林がずっとつづいてました。林とゆうても、自然美とはまたちごて、木々の太さや間隔も一定で、きれいに枝打ちされた、人の手による美しさをかんじます。うまいこと、表現でけへんのですけど、東山魁夷の絵の世界ゆうたら、分かってくれはりますやろか。

北山杉は数寄屋には欠かせへん用材です。この「磨き丸太」が料亭や茶室の床柱につかわれてるところは、みなさんよう見かけられはるとおもいます。砂と水で丹念に磨かれた、きめ細かな木肌を持った北山杉は、茶の湯を支えてきた、ひとつではありますやろねぇ。

学生の頃、北山の営林の講義を受けました。寝てばっかりで、何を習ったんかさっぱり覚えてまへんけど、とにかく北山杉はとても人手のかかった、工芸品やみたいなもんやと先生がゆうたはりましたわ。

周山街道を降りてきますと、丸太町通りに突き当たります。むかしは堀川丸太町あたりに材木商がぎょうさんあったらしいです。きっと、清滝川を下って運ばれた北山杉が入洛して、運ばれた道が丸太町通りゆう名ぁになったんでしょうねぇ。

大森の山里は洛中よりも、ほんのすこし秋めいた空気で、民家の門口にコスモスがかいらしゅう揺れてました。
2006.09.14 Thursday
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恋の道
わたしの家の最寄りの駅は「叡電」の修学院駅になります。ここから、四条や大阪へ出て行けますし、北行きに乗ると、貴船、鞍馬や比叡山へ行くことができます。この「叡電」、なんとものんびりした路線で、最近までホームに券売機はのうて、乗ってから車掌さんから切符をこうてました。

「叡電」は京都ではめずらしく、車窓からの景色を楽しめる路線です。洛北の町中から北山杉のならぶ山中へと、刻々と変わる景色は見てて飽きることがありまへん。車両こそ、新しなってますけど、「貴船口駅」など、昔の面持ちがいまでも色濃うのこってて、時の過ぎるんが止まってるように感じます。

「貴船口駅」で降りると、貴船神社へ向けてつづく街道があります。むかし、和泉式部はんが夫との仲を取り戻そうと、この路を歩いて貴船神社にお祈りに参らはったそうです。そんなんで、いまでは「恋の道」て呼ばれてます。このとき読まはったお歌が、以前、ご紹介させてもうた、蛍のお歌です。路にそぉて、貴船川の清流の音が聞こえてきて、水の神様がおわす貴船らしい景色がつづいてます。


物思へば

沢の螢も 我が身より

あくがれ出ずる 玉かとぞ見る

(和泉式部)


ここ貴船でも、葉月の末まで、貴船川に「床」を浮かべて、お料理がいただけます。鴨川は「床」ですけど、こちらは「川床」て呼ばれてます。残暑きびしい折、「叡電」は、蝉時雨のふりしきるなか、北山の林間をぬける、京都でいちばんお手軽な避暑です。
2006.08.20 Sunday
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鴨川の水
今日もバタバタしてて、「神輿洗いの儀式」に行けまへんでした。残念ですわぁ。「神輿洗い」はお祭に先立って、お神輿を鴨川の水で清める儀式なんです。四条大橋の上で清めの神事がおこなわれるんですけど、橋の上はぎょうさんのひとで、見物はなかなかたいへんです。

この鴨川の水、むかしは魚も住めへんほど汚かったんが、いまではアユやアマゴなども釣れるほど、きれいになりました。白や青のサギもよういてます。流れも浅いことですので、川遊びに夢中になってるお子も、この季節よう見かけますわ。なぁもかも、わたしが小さい頃では考えられへん光景に不思議なかんじさえします。こんな景色が見れるのは、たんとのおひとが努力を積みかさねてきはったお蔭です。


行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、 かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

(鴨長明)


長明はん、世の無常も捨てたもんばかりではあらしまへんなぁ。
夕暮れどき、納涼床の灯りを映した鴨川の水面に白サギのすくっと立っている姿は、どんな立派なお庭にも負けへん、気高い景色やとおもいます。
2006.07.10 Monday
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宝ケ池
八坂さんの神さんは「スサノヲノミコト」です。このお方が旅先で「蘇民将来」ゆうひとにお世話になって、一宿一飯のお返しに..。みなさんようご存知のお話やとおもいます。このお話にちなんで、祇園祭のときにいただく厄よけの「ちまき」」には「蘇民将来子孫者也」って書いてあります。

この「ちまき」は北大路をさらに上がった「みどろが池」付近の農家の人々が、山から笹をとってつくったはるそうです。「みどろが池」は幽霊がでるゆうて夏の肝試しの定番になってる池なんですけど、「深泥ヶ池」って字をみると、いかにもそれっぽいかんじですなぁ。せやけど、京都は古い街ですさかい、ことさらどこそこてゆわんでも、あちこちに湿った空気が流れてますわ。幽霊みたいな、おどろおどろしいもんやのうて、この街の「魔」はしっとりとして、おちついた情緒をかもしだしたはる気ぃがします。庭も座敷も建物も、それなしにはなんや、やすけない、ぺらぺらしたもんにおもえてしまいます。

この「みどろが池」からさらに北に上がって一山登ると、「宝ケ池」があります。けっこう大きい池で、池ゆうより湖みたいな景色ですわ。まわりにはゆっくり歩いて半時間ほどの小径があって、水と木々にかこまれて、ちょっとしたリゾート感覚に浸れます。

五山の送り火の外側にある宝ケ池一帯は、もう平安京やあらしません。見通しのきく、オープンエリアの広がる、乾いた空気のこの場所には「魔」はさぞ居心地がわるいことでしょう。あっけらかんとした開放感に、たまに訪れると、少しこころが軽なったような気がします。洛外にあっては、これもまた良しですわ。


2006.07.09 Sunday
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紫式部はんのお墓
今日はえらい蒸すなか、午前中からお稽古でした。つくばいから酌んだお水で手ぇを清めるときのひやっとした感触がごちそうです。これで風があったらいっぺんで機嫌ようなるのに、そよぎもしまへん。まるで蝉の声が聞こえてきそうですわ。

お稽古がはよ終わったんで、帰りに「紫式部」はんのお墓へ参ってきました。あれだけの有名人にしては、意外とこじんまりしたお墓なんですけど、さすがに人気があらはるみたいで、墓前は綺麗なお花が絶えることがあらしまへん。式部はんはここら紫野の「大徳寺」あたりに住んではったそうで、顕彰碑によると、式部の本名は「香子」て書いて「たかこ」とゆうたらしいです。

お隣には「小野小町」の祖父てゆわれてはる「小野篁」のお墓があります。このお方、閻魔はんのお友達やそうで、色欲を描いた咎で地獄に墜ちはった式部はんを助けはったとか..。同じ中宮にお仕えしてた、和泉式部はんのほうがよっぽど浮き名を流してはったんやけどねぇ。

「源氏物語」はわたしも大好きでちょくちょく読んでますけど、なにしろ大作なもんで、まだ全部は読んでぇしまへん。信州あたりの涼しい高原で、読書三昧でもできたらよろしおすやろなぁ。
2006.06.14 Wednesday
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錦のつづき
先ほど「新京極の錦天満宮が錦のどんつきですやろ。」ってせんせよりメールがありました。げげっ、このブログみたはるわ!お口の軽いんはどなたはんどす?

動揺を鎮めつつ..
「錦天満宮」は当時珍しいおみくじの自動販売機がありました。10円入れたら、小鳥がその体の一回りほど大きいお社の中に入っていって、くちばしに巻物になった小さいおみくじをくわえて戻ってきて、ちょんと取り出し口に入れてくれます。画期的なオートマチックおみくじで興奮したんを覚えてます。あんなんもう、あらへんにゃろなぁ。

そうそう、「錦」には有名やけど、地元のひとはまぁ行かはらへんわなぁていうお店とかももちろんあります。いろんな変な噂が市場では飛び交ってるんです。当然市場やし、どことも同んなじで地域の社交場なんですけど、「錦」が特殊なんは、そこに有名な老舗旅館の板場はんや料亭の板さんが普通に来たはるとこですやろか?中京のというより、京都の食の要となる社交場でもあるんやろねぇ。
2006.06.07 Wednesday
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最近テレビで「すぐき」のダイエット効果をとりあげてたみたいですなぁ。大原の漬けもん屋さんはてんてこ舞いやゆうてましたわ。わたしも「すぐき」の刻んであるのをようご飯に乗せて頂きます。

漬けもんゆうたら、中京のひとは「錦」でこうてくることになります。「錦」は中京の台所てゆわれるくらい、いろんな食べもんが並んだあります。最近は雑誌とかでもたんと紹介されてますし、行かはったおひとも多いかとおもいますけど、いつもぎょうさんのひとでごったがえしていて、わたしはちょっと苦手であまり行きまへんなぁ。子供の頃はここも遊び場のひとつで、狭い小路をひとの波をかきわけて、自転車やローラースケートにのってました。迷惑な子らやったねぇ。

そんなんで、「錦」には同級生の店がたんとあります。歩いてると、ああ、ここは誰それちゃんとこや、ああここはて、懐かしい気持ちにさせられます。もうすっかり年取った学友が店頭できばってはるのを見ると、なんでか胸がきゅってなります。やっぱり、わたしには通りよい小路やおまへんなぁ。

「錦」は西は自然とふつうの小路となって無くなるんですが、東は寺町通りにぶつかって終わります。両方の通りがあわさる角に立ってると、「寺町」のアーケードに「錦」の熱気があふれ出てるような気がします。
2006.06.06 Tuesday
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