ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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御阿礼


明日の夜は上賀茂神社で「御阿礼」(みあれ)がおこなわます。この神事で神様をお迎えして、いよいよ葵祭が始まります。「御阿礼」は古代より、神職以外の者が立ち入られへんお決まりですさかい、内容もまったく分からしません。

九日の例の会の折に、ぶしつけに神官さまにお聞きしたところ、お祭りの意味などは教えて頂きましたが、具体的な事は、「これ以上は..」とえらい困ったお顔をされて、かえって、わたしが恐縮してしまいました。

二千年つづく秘密など、なかなかこの世にはあらしませんねぇ。

写真は、賀茂さんのほど近く、太田神社の沢です。今年も杜若がたんと咲きました。ちょうど今が見頃やとおもいます。

2008.05.11 Sunday
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上賀茂さんの神馬
去年の「夏越の祓」以来ですやろか上賀茂神社に詣ってきました。ちょっとご用事で寄せてもうたんですけど、ちょうど競馬会神事(くらべうまえじんじ)ゆう儀式をやったはりました。

舞楽装束の騎手をのせて、二頭の神馬が全力で駆けていく様はそら美しいもんなんですけど、わたしが立ってる数メートル先で、地面を蹴る蹄の音が地響きのように響いて、その迫力には圧倒されました。

せやけど、儀式自体はそんな仰ぎょうしいことはあらしまへんで、わたしらと神馬はロープ一本で隔てられてるだけで、いたって素朴な景色です。

その後に続いた庁ノ舎での儀式も、見たはるおひとより神官さんの数の方が多いくらいで、神官さん方もそこ此処でお着替えをしたはるは、いっとう格の高いお社やのに、気取ることのあらへん、ええ雰囲気でした。

今々、神社さんもお寺さんも、ライトアップたらいろいろ集客に精出したはる中で、むかしより続く儀式を淡々とされてる姿は、かえって新鮮に感じられました。

京が都やなかった古から、ずっとおいやす神さんと、お会いできたような気がしました。
2007.05.01 Tuesday
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下鴨さんの鴉
今日は午後からになってしもたんですけど、いつもの下鴨さんへお詣りしてきました。ほんまにええお天気でしたけど、境内におひとは少のうて、御手洗川のみなもはきらきらしてて、過ぎゆく春のこころ静まるひとときでした。

もう、葵祭のポスターがはったぁって、流鏑馬のなんともいごきの感じられるりっぱな絵が描かれてました。今年の献茶は武者小路千家さんやと案内されてました。おもてさんおうらさんに比べると、ちょっと地味なかんじの武者小路千家さんですけど、そこは三千家のひとつ、きっと立派なお式をしゃはることでしょう。

境内の一隅にはなんや、かいらしい鴉が立ってます。ヤタガラスやそうですけど、ハンカチやTシャツにもなってて、なんやこう..、格を落としたはります。

親しみやすい神社さんをあらわされてるのやと思いますけど、鴉くんたちが舞殿のねきの白砂に立ってんを見ると、やすけない気ぃがしますなぁ。

2007.04.24 Tuesday
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下鴨神社の春
昨日は朝早よから、下鴨神社の井上社にお詣りに行ってきました。ぽかぽかとお日さんが柔らこうて、駐車場で車をおりたときから、辺りはすがすがしい気で満ちてました。

井上社は水の神さんで、境内を流れる御手洗川の源流で、葵祭のときは斎王代がみそぎをしゃはるとこです。社の前にある、朱塗りの輪橋のねきを通り過ぎるとき、梅の香にふわっと包まれて見上げると「光琳の梅」が満開でしたわ。

恋せじと 

御手洗川に せし禊

神は受けずも なりにけらしも

(古今集読人しらず)

「恋をせえへんように、禊したのに..神さんは受けてくれへんかったようです。」源氏物語の浮舟の巻でも引き合いに出されてるこのお歌、京おんなのいじらしさが滲んでます。

お詣りを終えてから、いにしえの原生林に覆われた糺の森を川に沿うて、散歩してますと、なんの鳥やら、せせらぎ越しに、なんとも美しい鳴き声が聞こえてきて、こころ軽うなる面持ちでした。

洛中に、春が来ました。
2007.02.21 Wednesday
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下鴨さんのお歌
昨日行きました糺の森は平安の世から、お歌にもよう歌われてます。糺すゆうくらいですから、神さんが真実を糺すゆう意味なんでしょうねぇ。


憂き世をば

今ぞ別るる とどまらむ

名をば糺の 神にまかせて

(源氏物語)

辛い都を今離れて行きます。噂でわたしの名前がどう伝わるかは、糺の神さんにおまかせします。

例によって、お遊びの過ぎた光源氏はんが、罪をのがれて須磨へ下らはる直前に、下鴨さんに詣ではったときのお歌です。真剣なような、しゃあしゃあとしてるような、なんとも源氏はんらしい心情ですねぇ。


いかにして 

いかに知らまし いつはりを

空にただすの神 なかりせば

(枕草子)

どうしたら、あなたのいつはりを知れたことでしょう。もし天の糺の神がいてはらへんかったら..。


対照的なお歌ですねぇ。まるで返歌のようですわ。お正月早々に、こんなやりとりしたはる方々はいたはらへんですわなぁ。
2007.01.02 Tuesday
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糺ノ森
初詣は下鴨さんへ行ってきました。たんとのおひとが詣でたはって、参道からつづく列は本殿の周りをぐるぅっと廻ってましたわ。

わたしは魚座のせいなんか、水の神さんにご縁があるそうで、本殿のねきの井上社に詣でてきたんですけど、こちらは空いてて、並ばんでもさっさとお詣りできました。

混みおうた表参道を避けて、糺ノ森の中の参道を歩いてますと、ええお天気にきらきら光る「ならの小川」の無音のせせらぎがここちようて、しばらく森の中でじっと流れを見てました。この森は平安京の出来るまえからあった古い古い原生林やそうで、早朝など、なんとも神々しい気配がしてます。

そうゆうたら、学生の頃は、この森の植生調査を学友のみなさんがやったはりましたわ。わたしはさぼってて、一回も行かしまへなんだんですけど、まさか下鴨の神さん、根にもったはらへんやろねぇ..。

今年もみなさん、よろしゅうおたのもうします。
2007.01.01 Monday
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水の読経
今日はぽかぽかとええ陽気にさそわれて、圓光寺まで散歩してきました。白川を西へしばらく坂を登っていきますと、整然とした石畳が並ぶ山門があらわれます。

「花の生涯」 の村山たか女が眠るお寺やそうですけど、どうも、わたしは歴史に弱ぁてあきまへん。ようよう、知識をもって見ると、愉しい場所が京都にはたんとあるのでしょうけど、わたしには猫に小判、豚に真珠、ただの散歩道になってしまいます。

枯山水のお庭をぶらぶらして、水琴窟に耳をあててますと、水滴の音が幾十にも重なり合うて奏でる調子が、どこかアジアの国の民族音楽を聴いてるように感じられます。そして更に竹筒に耳を当てつづけますと、ふと読経の音にも聴こえてきますから不思議ですわ。

紅葉が有名なこのお寺もまだ木々は青々と茂っていて、まだ夏のおもかげを残してるようでした。お庭の後ろには、竹取物語に出てきそうな竹林が並び立ってて、その間の小径をあるいてますと、ここでお月見ができたらええなと、ふとどきな思いも頭をかすめます。

帰りに高台から望む修学院近辺の景色は、夕日に眩しくて、ぼぉっと見てますと、なんとのうひと寂しくなって、そそくさと坂を下りました。
2006.09.23 Saturday
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雲水さんの朝は早うて
今朝は久しぶりに托鉢僧の声で目が覚めました。「おー」っと若いお坊さんのよう通る声が、ふたつ、みつ重なって、早朝の空気をふるわせます。ぼんやりとした頭で聴いてますと、ドとソの和音になっていました。といとこまできれいに響くように、練習でもしたはるんやろか。

通称「おーさん」とゆわれてる托鉢僧は、網代傘をかぶって、大徳寺、相国寺、天竜寺、妙心寺などの禅宗のお寺さんから来られてます。禅寺の朝は早いと聞いてますけど、もうちょっと、おそ来てもうたほうが、寝坊助には助かるんやけど..。

「おーさん」たちが遠ざかると、蝉の音が..、こちらはもう、声を重ねることもなく、こころなしか弱々しゅう、聞こえてきました。庵のお庭でも、夜には虫が鳴きはじめたて、せんせ、ゆうたはったし、すこしづつ秋の気配が感じられます。


秋きぬと

目にはさやかに 見えねども

風の音にぞ おどろかれぬる

(藤原敏行朝臣)


薄もんも、じき、しまわんとあきまへんなぁ。まだまだ日中は暑いですけど、こればっかりは、お決まりやし、しゃあないことです。
2006.08.28 Monday
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安倍晴明とダビデの星
今日も庵では、お手前もせんと、ただぼぉっとしてて、身の入らへんお稽古がつづいてます。せやけど、なんとのう茶箱のお稽古は苦手やし、これはこれで、のんびりしてて、ええ時間です。水屋の棚を見渡しますと、あたらしい桔梗のお茶碗が置いたぁりました。桔梗は大好きなお花のひとつです。しばらく手にとって眺めさせてもらいました。

桔梗で有名なとこゆうたら、庵のちかくですと「晴明神社」です。安倍晴明の大騒ぎも、ぼちぼち落ち着いたとおもいますけど、「晴明神社」を訪れはるおひとは、まだまだ、たんといたはるみたいです。もともと、生まれたお子に名前をつけてもらう神社さんやて、聞いてますけど、ちょっと前までは、前を通ってもわかれへんような地味な神社さんでした。それが今や社殿もえらいりっぱになって、けっこうなことです。こちらのご神紋は「五芒星」で、桔梗の花に似てることから「晴明桔梗紋」とゆうらしいです。

このご神紋、素人考えですけど、晴明はんのご養父が賀茂姓やったことに由来してるんかも知れまへんなぁ。「賀茂氏」や「秦氏」は平安京の出来るずっと以前から、この地の河を治めてたひとびとで、朝廷ともたいそう深うかかわってたみたいです。

このひとびとは、ちょっと謎めいていて、その起源がいろいろ取りざたされてます。詳しいこと云いだしたら長なるんで、やめときますけど、「秦氏」ゆかりの祇園さんにも「六芒星」のご紋がいまに伝わってます。遠くユダヤの「ダビデの星」と同じこのご紋は、ユダヤ教では、悪魔や精霊を従わせる力があるとされてるそうです。安倍晴明と祇園さんのかかわりも、実は浅からぬものがあったらしく、むかしの祇園舎の神官の名ぁは皆、「晴」の字がついてたそうです。

そうそう、夢を壊すようでなんなんですけど、最近の調査によると、安倍晴明の邸跡は「晴明神社」ではのうて、今の「京都ブライトンホテル」の駐車場のあたりにあったそうです。意外と「式神」は「一条戻り橋」の下やのうて、ここの宿泊客の車の下に眠ってるんかもしれまへんなぁ。
2006.08.27 Sunday
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「あり」て「なし」
なんやお盆やゆうのに出張やら、なんやらで、せわしのうしてまして、「迎え火」も一日遅れになってしまいました。日記の方もさぼってましてすんまへん。「迎え火」、「送り火」ゆうんわ、お精霊さんを送り迎えする行事です。京都は旧盆ですし、十三日にお迎えして、十六日に「五山の送り火」でお送りします。お精霊さんは、あの世に行かはった身内やご先祖さんのことで、わたしらは「おしょらいさん」てゆうてます。詳しいことは、どうぞ、毎日放送さんのサイトでご覧下さい。

先日からご紹介させてもうてます、「六道さん」ですけど、松原通が轆轤町にかかるところを「六道の辻」てゆうてます。個人商店のならぶ、じみな通りですけど、この辻はこの世とあの世の境やとゆわれてます。この辻の飴屋に、夜中、青白い顔したおなごはんが飴を乞いに毎夜訪れてきて、店主が不審に思って後をつけると、ちかくの「鳥辺山」のお墓にかき消えて、掘り返してみると、おんなの骸に抱かれた赤子がいたと..。米朝はんの落語「幽霊飴」の舞台ですなぁ。


世の中は 

夢かうつつか うつつとも 

夢ともしらず ありてなければ

(古今集 よみ人しらず)


世の中は夢なんやろか、現なんやろか。現とも夢ともわかれへん、わたしは在って無きものですから。

むつかしお歌です。とくに「ありてなければ」ゆう言葉は、むかしのおひとの仏教感があらわれてて、どう訳せばよいやら、わかれへんのですけど..、この世もあの世も続いていて、いま生きてるこのときも、うつろいゆくほんの一瞬の出来事みたいなかんじですやろか。「あり」て「なし」、綿々と長い歴史をもつ、この都の底にながれてる気配かもしれまへん。
2006.08.14 Monday
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