ようこそ、おこしやす、修学院 式と申します。
今の京、昔の京、思いつくままに書き散らかしてます。どうぞ、ごゆるりと。
 
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2008.06.30 Monday
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洛北は色さかり
もう、賀茂川沿いの桜もずいぶん散って、葉桜になってしまいました。うちの近くの疎水の水面を彩ってた花びらも、もう少のうなってます。


ひさかたの

光のどけき 春の日に

静心なく 花の散るらむ

(紀友則)


有名なこのお歌ですけど、いく枚がはらはらと舞ぅてる景色を詠てはるんやろねぇ。桜吹雪みたいなお武家はん好みの風情は、この町には似つかわしないような気ぃがします。

桜が散ったあとには緑があでやかに感じられますねぇ。今日も庵への行き帰りずっと見えてる山々の蒼や緑の生き生きとした様に、ことし初めて気がつかされました。

高野川には菜の花が咲き乱れてますし、遅咲きのなごり桜もこんどは引き立て役にまわってます。みなもはきらきらして、見上げると、よう晴れた蒼い空には、白い雲がぽっかりと、早くも初夏の予感を浮かべてました。

洛北は今、いろんな色に溢れてます。
2007.04.17 Tuesday
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山里の春
先日、北山深く分け入った山里、京北町へ行ってきました。車を降りたとたん、すがすがしい空気にふれて、道中の疲れが癒されます。お茶会をさせてもうた、ギャラリーの敷地に入るとすぐ、まだかいらしい山桜の蕾が、わたしらを迎えてくれてました。

広々とした、山里の景色を望みながら聞く、茶筅の音はたおやかで、そういえば先日の叡山のウグイスよりも、こちらのほうが、「ほー」と音の延ばし加減がのんびりしして、ウグイスもお土地柄があるんやなぁと感心させられました。

桜の頃の花手前、お茶会にあんまり桜さくらするんも、品があらしませんし、山里の落ち着いた景色は、ひかえめな花の宴にぴったりでしたわ。

お茶会のあと、お食事したり、ギャラリーに展示したぁるちいさなガラスのトンボ玉を見てまわったり、久々にゆったりとした時間を過ごせました。

夕方、帰りしな、さっきの山桜の蕾がふっくらと開きかけてて、山里の春の訪れを告げてました。
2007.04.11 Wednesday
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叡山の春
今日はちょっとお手伝いさせてもうてます学校の行事で、叡山に登ってきました。徒歩で登るんわ小学校以来です。千日行者の阿闍梨はんも通る急な山道は、なつかしさよりも、しんどさが勝って、もうほうほうの体でしたわ。

山の中腹では、もうすっかり上手なウグイスの声が、木立のそこ此処を渡り歩いてました。山桜はさすがにまだまだで、かいらしい蕾がぷっくりとついたとこでした。

帰りのバスを待つ間、旧名「比叡山ホテル」を覗いてきたんですけど、すっかり建物もあたらしなってて、えらいハイカラな景色に変わってました。

そうはゆうても、琵琶湖をのぞむお庭は往時の雰囲気を残してて、ここに滑り台があったなぁと、幼い頃の思い出がふと胸をよぎりました。

琵琶湖から吹き上げる風は、まだひいやりしてましたけど、木立のまにまに漏れくる光は、すっかり春のそれでした。
2007.04.06 Friday
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桜が咲き始めてます
ご無沙汰してるあいだに、すっかり春めいてきました。桜は二分咲き、三分咲きゆうとこですやろか、洛中はこれからしばらく賑やかなことになるでしょう。

京都はどこへ行ってもそれぞれの趣をもった桜が見られますなぁ。よう、どこの桜がお奨めですかって聞かれますけど、ほんまに色々ありすぎて..、「どうぞ、お好みで」としか答えようがあらしまへん。

今月の「京都見聞録」では疎水の桜について書かせてもうてます。お手隙の折りにどうぞ、お目通しください。

お花見たら賑やかなんは苦手ですけど、庵の社中の方々と、山桜の下でお茶会をゆうことになって、来週は京北町まで行ってきます。

そうゆうたら、光源氏が紫の上と初めておうたんは、やっぱり桜咲く北山の奥深い里でしたねぇ。「若紫」の巻を読み直してみましょか。
2007.04.01 Sunday
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季節しらずの冬
今週は雪が降るて聞いてたんですけど、どうやらその気配はなさそうですなぁ。風が吹いてるせいもあって、寒いんわ寒いんですけど、底冷えゆうほどでもあらしまへん。

ほんまに今年はぬくい冬でしたねぇ。そのうち冷え込むやろと思てる間ぁに、春がそこまで来てしまいました。なんややっぱり温暖化ゆうんでしょうか、ちょっとおかしな具合になってきてるのかもしれまへんなぁ。

宝ヶ池の国際会議場では、えらいお方が集まらはって、温暖化対策たらお話を持ったはるみたいです。

子供の時分は、梅の咲く頃ゆうたら、朝起きると、まだお庭の瓶に氷りが張ってたように覚えてます。寒がりのわたしがゆうことやあらしまへんけど、冬は冬らしゅうしててもうたほうが、落ち着きます。
2007.02.16 Friday
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桜の幻
庵の帰りは北大路をずっと東へ向こうて、高野橋を渡ります。今日はちょうど夕日が沈む頃で、欄干も高野川の水面も、冬枯れの枝も、みぃんな朱に染まってました。

春に向かうにつれ、お日さんの加減もちごてきますねぇ。西日に照らされた、近くの児童公園の木々の影もうつろうてきてます。その公園が面してる路は桜の並木が植えられてるんですけど、刹那、花が咲いた景色を見ました。せやけど、はっとして見やると、もちろん冷え枯れた枝があるだけです。

こんなことは初めてですさかい、今年は春を待つ気持ちが普段より強いんかも知れません。そういえば、御室に住んだはるお社中さんに聞ぃたんですけど、鶯が「ちっちっ」て練習を始めてるそうです。まだまだ美声にはほど遠いですけど、そのうち「けきょけきょ」とか、らしくなってくることでしょう。楽しみですわ。
2007.01.28 Sunday
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冬になりゆくまま
師走に入りました。なんとも、ばたばたしてる毎日ですけど、日に日に寒さがましてて、ことしも残り少ないのを感じます。

今月は「南座の顔見せ」に「事始め」、東寺さんでは「終い弘法」があります。そして、大晦日には「おけら詣り」に、除夜の鐘、いやほんまに一年ははやいですねぇ。


(冬になりゆくままに、夜はのあらしも夢をみだりてすさまじければ)

かへりこぬ

昔をまたも 見るべきに

夢ぢゆるさぬ 山おろしかな

(平親清四女集)

帰って来ぃひん昔を、夢でならまた見れるやろに、山からの冷気で、夢路の時もままなりません。


昨日は一月中旬の寒さやったそうで、もみぢも散りつつ、古都の景色はまさに「冬になりゆくまま」です。不摂生がたたって、このところ風邪で往生してます。いそがしさと寒さが一緒に来たかんじですわ。
2006.12.04 Monday
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蔦のもみぢ葉
銀杏の黄葉も、楓の紅も、そらきれいですけど、身近なもみぢには蔦もありますねぇ。そこ此処の家々の塀につとうてる蔦は、ほんまに深い紅に染まってます。手を伸ばせば触れるもみぢ葉は、その色が鮮やかすぎて、触れることがためらわれるほどですわ。

蔦とゆうたら、式子内親王はんのお墓が庵のちかくにあります。謡曲「定家」では、降りつづく時雨を背景に、定家の親王はんを想う気持ちが蔦となって、親王はんのお墓をおおてしまいます。

この蔦にしばられて成仏できひんかった親王はん、お坊さんに念仏を唱えてもうて、一度は自由の身にならはりますけど、再びご自分から墓へもどって、定家の妄執の世界へと帰って行かはります。

なんとも悲しい恋のお話ですなぁ。きっと昔の恋人の定家を見捨てて成仏するのは忍びなかったですやろねぇ。その親王はんのお歌です。


秋こそあれ

人はたづねぬ 松の戸を

幾重もとぢよ 蔦のもみぢ葉

(式子内親王)


「わたしに飽きて、恋人も訪ねてけぇへん家やのに、待つばかりの戸やったら、いっそ蔦のもみぢで幾重にも閉じてしまえ」

なかなか、親王はん、定家以上に激しいこころをお持ちのひとやったみたいです。「蔦のもみぢ葉」、その紅はおひとのこころに秘めた、激しい情念をあらわす色のようです。

2006.11.15 Wednesday
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紅葉がはじまりました
北山通りあたりでは、高野川の両岸はすっかり色めいてきました。黄や朱、紅などなど、今はいろんな色が散らばってて、パステル画のようですわ。白川通りの銀杏並木もようよう移ろうてきて、いよいよ紅葉の季節がはじまりました。

時雨が招いた晩秋が、ちょうど目の前にきてるような気がします。お月さんもこころなし冷えびえと光ってますし、もう生垣からも虫の音は聞こえてけぇしません。


きりぎりす

夜寒に秋の なるままに

弱るか聲の 遠ざかり行く

(西行)


初めて、西行はんのお歌をご紹介させてもらいます。このおひとは若くに出家されて放浪の人生を送らはったとかで、素直な心情をなんとも綺麗な調べにのせはる名人ですわ。

京都の紅葉は、山一面の紅とゆうより、様々な色がまざりおぅた、線の細い綺麗さが持ち味のようにおもいます。見所によって、その表情もそれぞれの趣があって、どこが一番などと、よういえしまへん。

ただ、あえて、人混みの中へは行きとうないですなぁ。
2006.11.14 Tuesday
| 京の自然 | comments(2) | - |
月の都
今宵は十六夜でしたやろか。よう晴れた空に、まんまるのお月さんがぽっかり浮かんでました。眼鏡がないと、乱視のせいで、お姿がよっつ五つに重なって、これはこれで綺麗です。

いざよい月を見上げてると、ふと「月の都」てことばをおもいだしました。光源氏はんが須磨に流された折、十五夜に京の都を偲んで歌たはったんで、よう知られてることばです。

他にもあるやろかと探してみますと、冷泉家の祖、阿仏尼はんが歌たはりました。


すみわびて

月の都を 出しかど 

うき身はなれぬ 有明の影

(十六夜日記 阿仏尼)


十六夜日記てゆう、京から鎌倉への紀行文のなかに出てくるお歌です。月の都を離れても、つきしたごぅてくる月の影を見て、「いつもよりも、ものがなし」とゆうたはります。

うろ覚えですけど、たしかこの後、阿仏尼はんは二度と都にはもどれんと、鎌倉の地でお亡くなりにならはったとおもいます。

お月さんはなにも京都の特産ではあらしまへんけど、東山からのぼるお月さんは、わたしらには、いかにも京都の風情やとおもえてしまいます。「月の都」ゆうことばは、おこがましくも、しみじみ心にしっくりくることばです。
2006.11.06 Monday
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